技術を学び、オリジナルを作る

石川島自動車製作所が提携したウーズレー社は、もともと羊毛刈り取り機メーカーでした。
他部門からの参入という点では、石川島も同様だったのです。
10年間イギリスで研修を積んだのち、1920年には自動車製作のための工場を日本に設置しました。
ようやく本格的な自動車生産に乗り出した矢先、思わぬトラブルに遭遇します。
材料費の高騰によって、原価が当時の値段で1万円になったのです。
車を作りたいけど、お金がかかり過ぎる。
その悩みを解決するために、補助金制度のあるトラック生産へと方向転換しました。
当時は補助金を受けていたのは東京瓦斯だけでした。
そこに進出出来れば、資金難の解決につながると目論んだのです。
関東大震災によって、その目論みは大きく阻害されます。
工場が壊滅的な被害を受けたのです。
そうした苦難を乗り越えて、1924年に試作トラックを完成させます。
この機体はウーズレー社のCP型1トン積みトラックでした。
これが認定試験に合格したことで、年間の自動車生産数は右肩上がりの成長を見せます。
トラックだけでなく、バスの生産にも着手しました。
その結果、石川島造船所の中で、確かな地位を手に入れます。

1927年にはウーズレー社との提携を解消、その2年後には石川島造船所からも独立したのです。
車名は、隅田川の近くに工場があったことからスミダに改められます。
水冷直列式の新しいエンジンの開発にも成功しました。
こうした功績が認められ、陸軍から依頼によりオフロード走行可能な6輪車を製作します。
海外の中古トラック市場では、未だに6輪車は高い評価を受けています。
日本のように舗装が成されている道路ばかりではない土地では、このようなトラックが必要とされているのです。